模型・運動・好きにして
朝からずっと読書でした。森博嗣の「数奇にして模型」です。いまテレビドラマで「すべてがFになる」をやっていますが、次回のストーリィがなんと「数奇にして模型」だったのです。それを知って大慌て。なぜかって、いままさにその原作を読んでいたのだから(当時進捗率30%)!ネタバレされてしまっては興ざめというもの。このハッキリしない天気を言い訳に外出せず、ソファで粛々と読み進めておりました。途中、長谷川という老人が模型の本質について語ります。それがとても印象的だったので、引用させていただく。
動物とか人間を小さく作っても、それは単なるミニチュアだ。モデルではない。いいかね。模型が模するのは、形ではない、ものを作り出す精神と行為だ。人が生産する意欲と労力を模するのだ。それによって。その原型を創り出した人間の精神を汲み取る。しかしだ、まったく同じ工程を踏めば、それはレプリカとなる。また、多くの精神に触れるには、製作時間をできるだけ縮小しなくてはならん。だから、型を模することになる。かたとは、製作システムの象徴だ。単に形を縮尺して模するのではない。型を模する。それがモデル、すなわち模型だ。 ―森博嗣『数奇にして模型』講談社文庫 p513
Appleからの回答はまだ。夕方、ラジオ体操をしました。これがなかなか気持ちが良い。身体の筋がこんなにも硬くなっているのか、と思いました。そして、体を動かすことで思考が動き始め、さあやるぞ、という気分になります。学校や会社によっては、朝礼でラジオ体操をするところがあるらしいですが、案外良いことなのかも知れません。