good by juvenile

それでも青春は続く

「ブックオフに本を売ったんだ」

「そういばこの前、ブックオフに本を売ったんだ。6冊で320円だった。少しは中身を見たり、痛み具合とか、そういうのを確認するのかなとと思っていたんだけど、全然そんなことはなくて、ただバーコードをピッってやって、『はい、6点で320円です。よろしいですか?』だって。システム化しているんだね。その時『へぇ』って思ったんだ」

「へぇ?」

「うん」

 私は彼の次の言葉を待ったけれど、この会話はそこで終わってしまったようだった。彼は大事な所をきちんと言葉にしてくれない。ただ匂わすだけだ。そういう傾向があった。以前は「それで?」とか「だから?」とか「どう思ったの?」と詳しく聞こうと質問をしていたが、その度に彼は少し困った顔をして「言葉にしたら美しくないから」と微笑むのだった。そういう物言いがとても腹立たしく思える日もあったが、今ではすっかり許容できるようになった。彼が考えていることが理解できるようになったのではなく、理解できなくても楽しめるようになった。どうしてそう思えるのか、言葉で説明しようとすると難しい。彼が「へぇ」と言えば、私も「へぇ」と言う。わからないけど、わかった気になる。この特殊な関係性が私達を強く結びつけている、そんな気にもさせるのだ。

「どうしたの?」

「なんだか可笑しくてさ」

「僕の話が?」

「うーん、君自身が、かな」

「よくわからないな」

「私にもよくわからないわ」

「面白いことを言うよね」

「お互い様よ」

二人は微笑んでいたと思う。こんな夜がずっと続きますように、と神様に祈りたい気分だった。

 

シュガーラッシュオンライン、素直に観るか?穿ってみるか?

f:id:akobe538:20181225230952j:plain

 シュガーラッシュの続編にこんなにも気持ちを乱されるものかと自分でも非常に驚いている。これは悪意だろうか。あのド名作のシュガーラッシュの続編なのだから、当然楽しくてスパイシィで勇気と友情の物語を期待するだろう。私もそう思っていた。あのときは幸せだったと思う。もう観てしまった人はご愁傷様。まだ観てない人はおめでとう。これから経験できるなんて羨ましいなぁ。

 ネタバレを含みつつ、感想とか考えたことをざっくり書いてみようと思う。ネタバレもありますので、未見の方はご注意を。

続きを読む

不憫という称号(ダリフラ第15話について)

 ダリフラ第15話「比翼の鳥」を見た。イチゴの報われ無さがすごい。

 イチゴはヒロに言います、「この戦いが終わったらさ、一からヒロに(ロボットの)乗り方を教えてあげる」と。前回の話で、イチゴはヒロとゼロツーを引き離し、ヒロに対して告白しました。告白を受けたヒロは、呆然としながら、別の女のことを考えていて、完全に上の空でスルーされていましたが。それでいて、今回の発言です。ヒロを新しい鳥籠で飼い始めたかのようです。独り占めをしようとしてるわけですね。私の男よ、と。

 しかし、ヒロはゼロツーのことしか考えていません。イチゴのことなんて、まあまあ仲のいい友達くらいなもんです。そういう女のアプローチってとても鬱陶しいんですよね。主人公持ち前の鈍感力で鬱陶しいとまでは感じていない様子ですが、イチゴのことなんて眼中にありませんし、言葉もアプローチも届いていません。総スルーです。ここまでくると、イチゴが可哀想とすら思えてきます。不憫という称号を欲しいままにしています。錦織監督も人が悪いですね。

――イチゴは、とても演技しがいのあるキャラクターに見えますが。錦織:イチゴは僕の趣味が詰まったようなキャラクターなので(笑) 

『ダリフラ』の錦織敦史監督が「群像劇」を作り続ける理由/インタビュー(後編) | アニメイトタイムズ

 イチゴから熱烈アプローチを受けたヒロが何をするかというと、本命彼女のゼロツーの元に向かうのです。彼はイチゴが用意した鳥籠からやすやすと脱出し、ゼロツーと共に飛ぶことを選択します。しかも、ゼロツーに会いに行くために、イチゴに連れて行ってもらいますからね。鈍感野郎です。ヒロも大概悪人だと思います。

 ダリフラの中では、必死に思いを届けたり、下手なアプローチをすると、高確率で距離を取られてしまいます。これって現実世界でも同じなんですが、ここまで露骨に再現しなくても良くない?アニメくらい夢見させてよ・・・。まあ、ヒロとゼロツーがラブラブしてるんでいいですけど、むしろお腹いっぱいだわ。

 

ゼロツー「ダーリン!」

ヒロ  「ゼロツー!」

ゼロツー「ダーリン!♡ダーリン!♡」

 

ボク「(^ν^)コイツラァ..」

 

 ヒロは叫竜の血を摂取していたことにより、通常のフランクスを操縦できなくなっていたことが判明しました。さらに、叫竜のコアからは人間らしきものが発見されます。とっても気になることになってきました。次回が楽しみです。

 

 

 

ダリフラについて思うこと 感想とか批評とか雑感的なもの

 

ダーリン・イン・ザ・フランキスを観ている。打ちひしがれる気持ちになったので適当に書く。

f:id:akobe538:20180130230812p:plain

ダリフラの憂鬱

 この作品に登場するロボット―フランクス―は、キスや疑似セックスによって起動する。擬似的な行為により「心が通じ合う」と操縦する事ができるらしい。そういう操縦方法のロボット物が無かったわけじゃないけど、ここまではっきり描いている作品も珍しい。ゼオライマーじゃないんだからさあ。

 だが、この世界のコドモ(パイロット達)は、実はキスも知らなければセックスも知らない。名前すらない。恐らく適切な教育も受けていない。ただ怪獣と戦う為だけに生きている存在として描かれている。

 そんな純粋なコドモ(キスも知らないのだから、マジで純粋だ)が、上記のようなスタイルで戦いに駆り出されているのである。虐待的ではないか。心が荒む。

思春期的な幻想

 ダリフラを見ていて、「謎の彼女X」みたいだなと思った。謎の彼女Xでは唾液の交換を通して心がつながり、お互いの感情や気持ちが分かり合える特別な関係を描いていた。この唾液の交換、言い換えれば、粘膜的接触=キスやセックスによって、心が通じ合うという構図だ。だがこの構図は、現実世界から観察すれば、完全な「幻想」なのだ。ジュディ・オングも歌っていたはずだ、「好きな男の腕の中も違う男の夢を見る」と。キスやセックスをしても人の心はつながないし、相手の気持ちは理解できない。純粋だった僕らには見えていたはずの、それをすれば心が通じ合うだろうという希望は、思春期の終わりと共に打ち砕かれる。「思春期的な幻想」だったのだと思わされるのだ。「世知辛いのじゃ(byねこます)」である。

 象徴的なシーンがある。第2話の劇中、ヒロ(おちこぼれ主人公)とイチゴ(幼馴染的ヒロイン。幸薄い。)はキスをする。フランクスを操縦するために必要だと思われたからだ。しかし、うまく起動しない。ヒロ(やればできる子と自分では思っている)とゼロツー(メインヒロイン。鬼の子。イチゴにライバル視されるが相手にしてない。)がしたときはものすごい力を発揮したのに、だ。ヒロとの関係を上手く築けなかったイチゴは絶望し、涙を流す。思春期的な幻想の前に打ちひしがれるのである。

 可哀想に。大人になれば、こんなことくらいで傷つかずに済むのに。涙なしには見られない。

青春ものとしてのダリフラに期待

 このブログを書いている時点で第3話までしか放映されていない。だから今後のことはわからない。でもできることなら、主人公たちが傷つきながらも成長する物語出会って欲しいと願っている。

 古今東西、どんな時代を探しても、人の心を惹きつけるのはボーイ・ミーツ・ガールでありビルドゥングスロマンだ。人とつながったり、拒絶されたり、出会いがあったり、別れがあったり、全ての経験が僕らを導いてくれるはずだ。閉鎖された世界で、限られた人間関係のなかで戦っている少年少女が救われ、青春を謳歌できることを信じて、次回放映を待っている。

最後に

エンディングテーマの発売はやくしてくださいもう待てません!

各話のエピローグ→EDの入りが最高にGET WILD

書き出しだけ小説のようなもの

 それが何であれ僕のしたことは許されるようなことではないのであろう。もしも神様が僕の行為を見ていて、その神様に僕を罰する力があったとするのならば、その場で僕を焼き殺していたのであろう。しかしながら、僕はまだこのとおり背筋を伸ばして街の雑踏の中を歩いていて、どうも罰を受けることはないらしい。ラッキィだ。あるいは神様にその力がなかったのか、もしくは神様など端から存在しなかったのではないか?ハハハ、愉快愉快。何も変わらない。今日と何も変わらない明日がやってきそうだ。

 

 予感。直感。確信。返信。変身。答申。投身。落下。

 

 綺麗な放物線だった。僕が見てきたどんな光景よりも素晴らしいものであったと断言しよう。彼がただ地球の引力に引かれていく様は、どうしようもない事実を僕に突きつけて輝いていた。自由を誰よりも求めた彼自身でさえもそう感じたに違いない。この世からは決して逃げられないのだという崇高な確信。それだけが彼を、僕を震え上がらせたのだ。それは神が提示した回答であり解答なのだ。やはり、神はいる。そう思う。僕はいま雑踏を歩いている。

 

 

「なあ、もう離していい?もう手がつかれたわ」

「カコさん、牛みたい」

「うしぃ?ウチの何が牛なん?きみ、ほんとに馬鹿にするのもいい加減にしてよ、もう」

「だって、ほら、『もう』って何回も言うからさ。」

「揚げ足取りめ」

 彼は足を45度ほど上げて、おどけた表情をした。揚げ足取りのジェスチャのつもりだろう。体が固いので、足がほとんど上がっていない。揚げ足取りなのに足が上がらないとは皮肉が効いているな、と果子は思う。

「それで、もうこの手は離して良いのかしら?高瀬くん?」

「わっ、お上品!うそみたい!」

「もう離すよ!」

 果子は手をはなした。彼女が手にしていたのはプラモデルの部品だった。台所で料理をしている高瀬にかわって模型制作の手伝いをしていたのである。先程まで彼女が持っていたのは模型飛行機の胴体と片翼で、それぞれを接着剤で固定するためであった。どうやらもうくっついているらしい。果子は模型を持ち上げてしげしげと眺めた。

「すぐくっつくものよのう」模型などほとんど作ったことがない果子は素直に感心した。

「あっ!ダメだよまだ離しちゃ!瞬間接着剤じゃないんだからさ!」高瀬はあわててコンロの火を止めて果子の元まで駆け寄ってくる。

「でもくっついてんで。果子さんの力やね。」

「セメダインは少し時間がかかるんだよう・・・もう、あ、でも大丈夫っぽいかな?いや、でも、まだ、どうしようかな、テープで留めておこうかな・・・。もう、面倒だな。プラモデルってやつは・・・。まったくもう・・・。」

 そんなに文句を言うのならはじめから手伝わせなければいいのではないか?という素朴な疑問が彼女の頭をよぎったが、それを口にすることはなかった。彼女は、自分を慎み深い人間だと認識している。決定的な一言を言わない。それだけが人間関係を良好なものにすると信じているのであった。

「それにしてもさ」

「何?カコさん?」

「牛は君のほうやね。」

 

(続かない)

いよいよ厳しい

 いよいよ厳しいなって感じだ。

 人はチャレンジをせずにはいられない。今よりももっと良い暮らしを、よい人間関係を、よい社会を、と願っている。そうやって今を変えようと努力し、無謀な挑戦をしようとする。その先に希望があると信じて。

 どうして信じられたのか、一歩踏み出した者には理解できない。山を登り切った先にどうして荒野が広がっていないとなぜ言えるのだろうか。大抵はペンペン草も生えない荒野だ。何も変わらない。苦労した分、疲れるだけだ。いまのところは、そんなところだ。

俺はもうダメだ(音楽について考えたら辛くなったこと)

 俺は尾崎豊小沢健二YUIアジカンthe pillowsとちょっとのブルーハーツでできている。偏っている。

 そんなわけ、ねーだろ!嘘だよバーカ!そんなわかりやすい趣味のかたまり方するかよ。でもそういう説明にしか出来ないんだよ。これがスキなんだって。そう思っているうちに、他人にそう説明しているうちに、これ以外何か聴いてたっけ?ってなるの。なっちゃったの。もうどうしようもない。島谷ひとみが好きでした。ずっと、毎日、毎日、聞いていました。でももう聴いてないの。なんか耳が、頭が、それを求めなくなった。尾崎、尾崎、尾崎!いつからそんなに尾崎を好きになった?全然思い出せない。どうしてこうなった!

 わかった、俺はもうダメだ。

最強の癒やしは家電製品である

 最強の癒やしは家電製品である。家電製品から発生している。あっ、マイナスイオンじゃないよ?プラズマクラスターってことでもないよ?

 何をしてる時が楽しいかなーって考えた時に、友人や恋人と遊びに行ったりするのもスキだけど、どっちかっていうとそれはエキサイティングするイメージなんだ。もっと穏やかで自分を愛しているような、癒やしのイメージがある行為ってなんだろう。そう思ったら自分の場合は断然買い物。買い物なんです。

 服やアクセサリを選ぶのも楽しいけど、一番は家電製品。だって確実に生活が豊かになるでしょう?物理的に。即物的に。俗物的に。家電製品はコスパ最強。裏切らない。どんどん部屋に家電製品が増えてく。例えばKindle(無印)とか、Ankerの急速充電アダプタとかを最近買った。家電製品ていうかガジェットかな。でも、新しいドライヤーとか欲しいし、電気ケトルとかもほしい。〜1万円程度の安物を時々買っては、「うんうん、これで生活が便利になるぞ」と自分を慰めているのです。どうだ、健気だろう(偉くないぞ)。

楽しい事ってあるのかな?

 楽しいことないかなーって毎日念仏のように唱えているのですけど、楽しいことが空から降ってきたことはありません。楽しいことはあるんですよ、何かしら、週にね、そうだな、2回くらいはあるわけ。有るっていうか、作っているわけだけど。あるんですよ。でもそのイベントだとかが終わると「(次の)楽しいことないかなー」ってまた唱えてる。終わりがない。終わりが無いんだよう。ほんとうに楽しいことに出会えたら終わるかな、おわらないか、そうだよな。

バリ島日記⑤ バリの夜は終わらない

 その日、僕らはテガラランと呼ばれるライステラスを見に行くことにした。ホテルで車をチャーターして、ウブドまで適当にツアーをしてもらう。ライステラスに着くまでに、銀細工の店やコーヒーショップ、モンキー・フォレスト(猿が放し飼いにされている)に立ち寄って、おみやげを買ったり、写真を撮ったりしていた。おみやげを買ったのは、今日がこの旅の最終日だからで、小物やお菓子を買うたびに日本のことを少しずつ思い出さなければならなかった。

f:id:akobe538:20151219210109j:plain

 テガラランは世界遺産に指定されているほんとうに美しい場所だった。バリには比較的いいモノの神様が山や森にいて、人を災厄から守ってくれるという言い伝えがある。ただの棚田でしかないのに、そういう神聖な感じをちゃんと感じさせる力強さがある。ライステラスを登っていると気分が晴れやかになってきて、すれ違う白人の観光客を横目に「いまの女の人、すっごい美人だ。すごいすごい。」とY氏に報告したりして、「君は日本にいる時とほんとうに人格が違うね」と呆れられたりした。全然神聖じゃない。神聖じゃないといえば、道の要所要所に、現地の10代半ばくらいのこどもが関所を構えていて、「世界遺産を継続させるために募金をお願いします」と金をせびってくる。「一体いくら払えばいいんだい?」と聞くと「それは募金ですから、お気持ちですよ」と怖い顔で睨んでくるのだ。募金なのでしなくてもいいのだろうけど、そいつが道で仁王立ちをしているをしているものだから通るに通れない。要するに通行料だ。ちょっとだけ手渡すと嘘みたいな笑顔で、さあどうぞ、と送り出してくれるのだ。世界遺産登録で人が来るもんだからやり始めたのだろうけど、まったく、狡賢いなあ。後ろにいたオーストラリア人の女性は「ごめんね、いま手持ちがないの」と華麗にスルーを決めていて、旅の熟練度の差に頭がさがる思いだった。そこにシビれる憧れる、である。

f:id:akobe538:20151219210113j:plain

→日に焼けた逞しい労働者。土で手を汚して働く者はすべて美しい。

 

 夜、レギャンに戻った僕らは帰国の準備をして、最後の夜遊びにでかけた。レギャンの夜はとにかく派手だ。通り中の飲み屋それぞれからド派手な音楽がかかっていて、現地人も観光客もみんなが夜の街にくりだしてお祭りみたい。クラブもたくさんあって、ほとんどがエントランスフリーで入れる。すごいぞ。「スカイガーデン」で馬鹿みたいにビールを飲んで騒いで時間をつぶす。

f:id:akobe538:20151123165309j:plain

 →比喩抜きででかい箱。めちゃくちゃ楽しい。

 帰る前にホテルのプールで泳ぎたいとY氏が突然言い出す。「けっこう飲んだから、溺れないか見ててほしい」とのこと。Y氏はスイーッとプールの向こう岸まで泳いで、僕に手を振った。僕も最後に泳いでおこうかと思い、水着に着替えて飛び込む。夜中の3時に泳いでいるなんて嘘みたいだ。空には青白い半月が浮かんでいる。全身の力を抜いて、街から聞こえてくるやかましい音楽と、虫の声を聞きながら、ただ浮かんでみる。夢みたいだった。すべてが現実離れしていて、もうどうでもいいや、と思った。やがて街の喧騒が消え、静かな夜が訪れた。旅は終わった。しかし、バリの夜は、今日も続いている。

 

マリカのソファー/バリ夢日記 (幻冬舎文庫―世界の旅)

マリカのソファー/バリ夢日記 (幻冬舎文庫―世界の旅)