書き出しだけ小説のようなもの
それが何であれ僕のしたことは許されるようなことではないのであろう。もしも神様が僕の行為を見ていて、その神様に僕を罰する力があったとするのならば、その場で僕を焼き殺していたのであろう。しかしながら、僕はまだこのとおり背筋を伸ばして街の雑踏の中を歩いていて、どうも罰を受けることはないらしい。ラッキィだ。あるいは神様にその力がなかったのか、もしくは神様など端から存在しなかったのではないか?ハハハ、愉快愉快。何も変わらない。今日と何も変わらない明日がやってきそうだ。
予感。直感。確信。返信。変身。答申。投身。落下。
綺麗な放物線だった。僕が見てきたどんな光景よりも素晴らしいものであったと断言しよう。彼がただ地球の引力に引かれていく様は、どうしようもない事実を僕に突きつけて輝いていた。自由を誰よりも求めた彼自身でさえもそう感じたに違いない。この世からは決して逃げられないのだという崇高な確信。それだけが彼を、僕を震え上がらせたのだ。それは神が提示した回答であり解答なのだ。やはり、神はいる。そう思う。僕はいま雑踏を歩いている。
「なあ、もう離していい?もう手がつかれたわ」
「カコさん、牛みたい」
「うしぃ?ウチの何が牛なん?きみ、ほんとに馬鹿にするのもいい加減にしてよ、もう」
「だって、ほら、『もう』って何回も言うからさ。」
「揚げ足取りめ」
彼は足を45度ほど上げて、おどけた表情をした。揚げ足取りのジェスチャのつもりだろう。体が固いので、足がほとんど上がっていない。揚げ足取りなのに足が上がらないとは皮肉が効いているな、と果子は思う。
「それで、もうこの手は離して良いのかしら?高瀬くん?」
「わっ、お上品!うそみたい!」
「もう離すよ!」
果子は手をはなした。彼女が手にしていたのはプラモデルの部品だった。台所で料理をしている高瀬にかわって模型制作の手伝いをしていたのである。先程まで彼女が持っていたのは模型飛行機の胴体と片翼で、それぞれを接着剤で固定するためであった。どうやらもうくっついているらしい。果子は模型を持ち上げてしげしげと眺めた。
「すぐくっつくものよのう」模型などほとんど作ったことがない果子は素直に感心した。
「あっ!ダメだよまだ離しちゃ!瞬間接着剤じゃないんだからさ!」高瀬はあわててコンロの火を止めて果子の元まで駆け寄ってくる。
「でもくっついてんで。果子さんの力やね。」
「セメダインは少し時間がかかるんだよう・・・もう、あ、でも大丈夫っぽいかな?いや、でも、まだ、どうしようかな、テープで留めておこうかな・・・。もう、面倒だな。プラモデルってやつは・・・。まったくもう・・・。」
そんなに文句を言うのならはじめから手伝わせなければいいのではないか?という素朴な疑問が彼女の頭をよぎったが、それを口にすることはなかった。彼女は、自分を慎み深い人間だと認識している。決定的な一言を言わない。それだけが人間関係を良好なものにすると信じているのであった。
「それにしてもさ」
「何?カコさん?」
「牛は君のほうやね。」
(続かない)