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それでも青春は続く

『恋空』は今世紀最大の奇書である

 『恋空』ケータイ小説と呼ばれるそれはとてつもなく難解な作品となっている。これが発表された当時(2005年頃)はその稚拙な文体、不安定な背景設定、妙に空いた行間などあらゆる角度から「読書趣味」の人たちによって猛烈なバッシングを受けていた。しかし、改めて、しかも最後まで読んでみると意外に、というか驚くほど面白いのである。中盤から終盤にかけて文体も上達していき、一気に読みやすくなる。そして内容も普遍的なすれ違い物語であり、少女漫画に一度でも没頭したことのある人間なら納得のものになっている。なぜ、本作がここまでバッシングを受けてしまったのか?その答えは簡単で、読者の大半が序盤で挫折したからに他ならない。

立ちはだかる巨大なウォール 

恋空の序盤は主人公の美嘉とヒロの出会いから別れが描かれている。・・・のであるが、ここが読みにくい。

 

「あ~!!超お腹減ったしっ♪♪」

→伝説の書き出し

 

「こんちわ~!俺の名前はノゾム。隣のクラスなんだけど~知ってる?」

→唐突に登場するノゾム(しかも脇役)

 

「だってあたしイケメン大好きだからぁ!ウフッ♪」

→ウフッ♪じゃねえよ

 

これだけの怪文がわずか4ページの間で登場する。台詞のあとに音符がついてしまうのである。ギョッとしてしまう。さらに

 

♪プルルルルル♪



部屋に鳴り響く着信音。

(前編 p5) 

 どうしてもシンドイのがこの着信音の描写。なぜ鳴らすのか、なぜ音符をつけるのか、これは本当に小説なのか?そう思わせるに十分な冒頭シーン。この壁を前に多くの読書家が脱落していったに違いない。恋空の壁は大きく高く、来るものを拒んでいく。特にある種の読書家たちを拒絶している。

 

恋空は小説なのか?

 恋空はケータイ小説に分類されるが(さきがけ?)、僕はこれはエッセイであり手記なのだと思って読むことにした。

「事実を元にしたフィクション」という触れ込みから、主人公・美嘉が語った体験談を物語風に再構成したエッセイを想起したのである。そう考えはじめると、美嘉やヒロ、その他の登場人物たちの言動をすんなりと受け入れることが出来た。エッセイなら「この時、彼女たちはこう思っていたのだからそれが例え非合理的な言動であったとしてもそれは仕様のない事だ」と割りきって読むことができる。しかも、どうやら事実らしいという点が強化され、リアルさが沸き立ってくるのである。馬鹿だけどマジな彼らの言動は理屈通り越して、我々を動揺させ、まじまじと突き刺さってくる。「人のマジに感染する(by濱野智史)」のである。

 エッセイだから背景描写の曖昧さとか、唐突に出てくる具体的な描写(テストの点数が27点などと羅列されたり、バイトの募集要項がそっくり再現されたり、駆け落ちの際に正露丸を手に取ったりすること)にも違和感がない。おお、自己暗示。みんなエッセイとして読みましょう。

 

エッセイからドラマへ

 エッセイとして、手記として読み進め、いよいよやってくる終盤。ヒロは癌で死んでいまうが、死後、彼のノートが発見される。ノートの中身は闘病生活を綴った手記である。ベタである。しかもその内容は美嘉のことを綴っている。彼女のことが心配だ、彼女が会いに来てくれて嬉しい、など。悔しいが、涙腺がゆるむ。

  死後に発見される手記で相手が自分を想っていたことが全てわかるという構図が出た瞬間に自動的に感動するよう、我々は調教されているのだ。そういう風になっているのだと、否が応でも理解させられた。悔しい。

 続け様、全編を通した回想が挟まれる。僕の脳内ではOPが流れている(最終話の終盤で初期OPが流れるアレ)。さっきまであんなにショボイ文体だったのに、なんで最後だけドラマやってるの!なんで!ひとは動揺すると脆い。

 

恋空は風立ちぬ

 恋空のテーマについて話す。最後まで読んでみるとわかるが、「生きる」がテーマである。そう、風立ちぬと同じなのです。

 

そして川へ飛び込んでしまおうと足に力を入れたその瞬間、
二羽の鳥が目の前を横切り、
それに驚き草の上にしりもちをついた。



しりもちをついたまま、空を見上げる。



さっき目の前を横切ったあの鳥は
どこにもいない。



もくもくと流れる
白い雲。




その瞬間、
雲間から太陽がピカッと顔を出した。



目を閉じてしまいたくなるくらいの眩しさ。



でもね、
美嘉は見たんだ。




雲間から覗いたその眩しい太陽の向こうに、
赤ちゃんを抱いたヒロの姿を…。




【美嘉…
おまえは生きろ!】





幻聴かもしれない。
だけどね、
そう聞こえたの。



二人はね、
すごく幸せそうに笑っていたんだよ。

 (後編 p300)

とてつもなく風立ちぬ。恋人が死ぬし、空を見上げるし、夢(妄想)の中で「君は生きて」と諭されるし。ユーミンの「ひこうき雲」が聞こえてくるようです。

 

最後に

 「恋空」は面白いです。ただ、めちゃくちゃ長いです。しかも序盤のハードルが極めて高いです。怪文書です。しかし、それを乗り越えた先にはスリルとケレンに溢れたエッセイが待っています。そして怒涛の回想と語りで落としに来ます。怪文書→エッセイ→小説と変化していく奇書です。でも、とても抽象的に書かれた本作はあらゆる記憶を呼び起こすことでしょう。どうか馬鹿にしないで。クズで不器用な彼女たちのマジを感じてあげてください。

 

ここで読めます

 魔法のiらんど

 切ナイ恋物語 恋空(前編)

 切ナイ恋物語 恋空(後編)